諦めるのは自分の気持ちを守るため?
先日、小学2年生である次男の年度末の面談がありました。
以前の記事に書きましたが、次男は小学校入学時に支援級に在籍しています。
そのため、通常級では面談の時期ではありませんが、来年度に向けての個別支援計画作成のため、行われているようです。
もちろん各自治体によって詳細は異なると思いますので、ご参考までに…。
たかが文字、されど文字
次男は、まだ九九が完ぺきではありませんが、算数に関しては概ね理解できているようです。
しかし、それに比べると国語に関しては…悩ましいです。
頑張ってもできないより、やらないからできないの方が気が楽
自分にも当てはまったりすることもあるので、一概にこれがダメってわけでは無いです。
しかし、文字の読み書きは勉強の根幹過ぎる…。
教科書の本読みの宿題は、なんだかんだ毎日やっているので、教科書をもとにした普段のテストでは、国語の長文問題も解けるようですが、学力調査のテストなど、初めて読む文章の長文問題に関しては早々に読むことを諦めてしまいます。
完全に読めないのかというと、それも違うらしく、今回面談の時に見せてもらったテストの結果だと、問題文の一部を読んで抜き出すような設問に関しては答えられ、正解していました。
それと、全体の大まかな意味を問うような問題もできるようです。
ですが、全体を細かく理解したり、作文形式で答えたりする設問に関しては、あっさり諦めてしまう傾向にあります。
トラウマ
おそらくこの読み書きに関するトラウマは、幼稚園の時に支援級にするか普通級にするかで悩んだ時に、一時的に平仮名の練習をしたことによるのではないかと思っています。
実質2週間程度のことではあったかと思いますが、その間に培われてしまった苦手意識がずっと尾を引いているような気がします。
みんなができて当たり前の事が、自分はなかなかできないといったコンプレックス…。
しばらく様子を見ます
ここで諦めることに関して言及することは、自己肯定感を育むうえで、あまり良くないのではないかと思っているので、しばらく様子をみようと思っています。
病院からのアドバイスでは、文字に関してあくまでも日常生活の中で自然に興味が持てるようにするとよいと言われましたが、これがなかなか難しいです。
ゲームや視力のチェック的なところで読んでもらったりすることもありますが、今のところはゆっくり読めるようになっているので、焦らずにいこうと思います。
タブレットの活用
書くことに関しては、今年度から導入されたタブレットの利用で、ちょっとした作文なら書けるようになってきていると先生に教えてもらえました。
今後どの程度文章を読めるようになるのかはわからないので、将来的にはテストの問題文を読み上げてもらって答えるという方法も検討できないかと思っています。
まとめ
今は苦手だからやりたくないと思う事も、成長することで克服できることもあると思いますし、成長することで気にならなくなることもあると思います。
集団で遊ぶときでも、自分が負けそうだったり失敗する可能性があるときは、参加を躊躇してしまうようですが、少しずつ参加できる事も増えているいるというお話も伺い、もう少し成長したら、また変わってくることがあるかもしれないと思っています。
実際に長男は、成長とともに、自分や周囲の人を客観的に判断できるようになってから、随分と自分の間違いや失敗に寛容になったと思います。
すべての人が完ぺきではないように、完ぺきじゃない自分を認めてあげられる日が来るといいなと思います。
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