PROFILE

SUIかあちゃんのブログに訪問していただき、ありがとうございます。


私は、自閉スペクトラム症の2人の息子傾向ありの娘を育てる3児の母です。
子どもが産まれる前から、自分がAC(アダルトチルドレン)であることに悩んでいました。
そんな自らの経験をいかし、発達障害の親の会やフリースクールでボランティアスタッフとして活動しています。


このブログでは、何だかちょっと生きづらいなと感じている人が、自分だけじゃないんだと安心できたり、そんな方法もあるんだと気づいたり…1つの参考資料になるような記事を書いていきたいと思います。

私はAC(アダルトチルドレン)です。

アダルトチルドレンとは?

アダルトチルドレンとは、幼少期の養育環境が非常に過酷であり、そのことによって成人してからもそのトラウマによって否定的な自己像を持ってしまったり、極端な人間関係に陥ってしまったりしている人のことを指します。そして、内的には非常に不安定であり、生きづらさをもち、時には精神障害を患ったりしてしまうこともあります。

アダルトチルドレンとは:原因、特徴、治療、カウンセリングなどを解説 | 心理オフィスK (s-office-k.com)

もともとは、アルコール依存症の親の元に育った人のことを指していましたが、現在では、上記のように虐待や家族の不仲など機能不全家庭に育った人のことを指して使うこと多いようです。

最近では虐待による乳幼児死亡のニュースもあり、問題になっていますが、一口に虐待といっても、ニュースになるような身体的虐待、ネグレクトから、性的虐待、心理的虐待まで様々です。

特に心理的虐待は虐待としつけの区別がつきにくく、親が思っている以上に子どもの心に傷を負わせてしまっている可能性があります。

子ども時代

私は、父母と祖母と私の4人家族で、一人っ子でした。

私の母は少し独特で、産まれた私を自分の分身だと思っていたのです。
この事はまさに身体的虐待、心理的虐待へとつながっていきます。
さらに悪いことに、早生まれであったので、小さい頃は同学年の子と比較して、発達が遅かったことも母をイライラさせました。

今考えてみると、母は自閉スペクトラム症のアスペルガータイプではないかと思っています。
今後、記事の中でそう思ったきっかけなども紹介していきます。

そんな母の元で、しつけという名目で叩かれ、外に出され、罵詈雑言を浴びるという日々を過ごします。
救いだったのは、母がフルタイムの会社員として働いていたことでしょう。
親子で過ごす時間が短かったことで、八つ当たりされる時間も短かかったんだなと、今は思っています。

満たされない心

ある程度成長すると叩かれるという身体的虐待は減っていきますが、外に出されたりすることはあり、心理的虐待も続きました。

無意識に満たされない心を満たすべく食に執着しましたが、当たり前なのですが、体重が増えるばかりで満たされることはなく、母は太った私に「みっともない」とよく言っていました。

食べても食べても満たされることはなく、ついに満腹中枢にも支障をきたし始めます。
お腹がいっぱいで、食べられないという感覚が分からなくなりました。

しかし、小さい頃から日常的に身体的、心理的な攻撃を受けていると、異常なことが異常だと分かりません。
今のように、誰もがネットに繋がり、何でも調べられる時代でもなく、そのツールも与えられなかったので、当時の私はそれが当たり前の家族であり、親子関係なんだと思っていました。

飽くまでも自分は普通の家庭に育っているのに、自分はなんてダメな人間なんだと、自信も肯定感も持てないまま、大人になってしまいました。

何も決められない大人

人生の大半の決定事項は、親の顔色を伺いながら決めてきました。
どの選択肢を選べば良いか、どれなら正解なのか…
部活動も進路も全て、親が気に入るものでなければなりません。

育ててもらっている、お金を出してもらっている、だからスポンサーの望むように生きるのが、分身としての役割でした。

しかし、いざ一人暮らしが許されると、自分の基準が無いことに気付きます。
ピーラー1つ、たわし1つ買うにも、親に聞かなくては決心できない人間になっていました。

ACであることで起きた二次障害

摂食障害

体形や見た目を気にして、一人暮らしを機にダイエットを始めました。
一人暮らしであれば、食事をコントロールできるからです。

しかし、それが摂食障害へ突き進んだ原因でもありました。
カロリーの少ないものばかりで食事を済ませ、その反動で過食をし、体質的に吐けないので、下剤を乱用するようになります。
健康的なお通じがあるはずもなく、薬に頼った生活でした。

この状態は15年近く続きました。

うつ病

私の人生の大きな転機となったのは、主人との出会いでした。
親ですら条件付きでないと一緒にいられないと思っていた私に、初めて「そのままでいいんだ」と言ってくれた人でした。


主人と一緒に暮らし始め、精神的にも満たされていた時期に、主人の長期出張が決まりました。
子どもの頃、親との愛着形成が不十分だった私は、心の拠り所となっていた主人と離れ離れになり、一気に心の安定を失っていきました。


何故か涙が止まらなくなったり、夜眠れなくなったり、感情のコントロールができなくなったり、徐々に日常生活に支障が出始めます。
結婚を機に仕事を辞めていたので、仕事で迷惑をかけることがなかったのは不幸中の幸いでしたが、起き上がっていることすら辛いという事もありました。

ちょうどその頃、うつ病が様々なメディアで紹介され始め、もしかしたらこの辛さが薬で良くなるかもしれないと思い、主人が出張先から帰ってきているときに、病院へ連れて行ってもらいました。
この病気の特性上、薬を飲み始めて直ぐに治るという訳でありませんでしたが、一進一退を繰り返しながら、5年ほど通院していました。

自分がACであると気付いてから

認知行動療法?

ACであると気付いたのは、「親子関係がうつの原因になることもあるらしい」という主人の言葉がきっかけでした。
うつ病で服薬するようになると調子のよい時もあり、自分の過去の出来事、母親の言動を、振り返るようになりました。
結果的に、そのことが認知行動療法的な役割を果たしていたようで、その後の回復に大きく役立っていたように思います。

現在

主人の協力もあり、徐々にうつ病が回復していき、長男の妊娠を機に服薬をやめました。

その後は、実家との関係や父母との距離感を考えながら、自分が心地良いと思える生活を送れるように心掛けています。

*PROFILEは必要に応じて編集します。


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