通常学級から支援学級、支援学級から通常学級って移れるんですか

学校

やっぱり在籍学級を変更したいと思ったら

思っていたのと違ったり、やってみたら大変だったり、環境が変わったら上手くいかなくなったり、大人も子どもも色々ありますよね。

子どもにとっての大きな選択になる在籍学級ですが、調べて調べて、悩んで悩んで決めたとしても、それが絶対に正しい訳ではないしですし、子どもが学校に居る事が苦しくなってしまったら、元も子もないのです。

支援学級に入ったら戻れないの?

良く聞くのは、一度支援学級に入ると戻れなくなるという話です。

だから、発達障害の診断も支援学級への入級も良く考えなければならないという話を聞く事がありました。

最近でも、テレビの特集でそう話している方もいらっしゃって、大変びっくりしたのを覚えています。

実際に通常学級に戻りました

結論から言いますと、何度も紹介しているわが家の長男は、通常学級に戻りました。

私は子どもの成長や発達に必要であれば、積極的に支援学級を利用すべきだと考えています。

小学校は6年間あり、6歳から12歳までの長い間を過ごしますし、成長も著しい時期です。
当然、入学当時の幼い頃から比べると、中学年や高学年では気持ちや考え方、発達の特性の現れも大きく変わってきます。

まず通常学級から支援学級へ

3年生くらいになると、自分の事だけでいっぱいいっぱいだったのが、少し周囲に目を向けられるようになります。
しかし、発達障害の子ども達は、特性上成功体験の経験が少なく、自己肯定感が低い子が多いので、自分を過小評価しがちです。
長男も、自分にはできない事が多いと過小評価しがちでした。

きっかけは3年生になってからの学校での過ごし方

3年生の時の担任先生は、優しい先生でしたが、話すことが苦手な長男の気持ちを察することができなかったようです。

例えば、全校集会に入れなかった長男が、いつもの居場所である図書室に行って本を読んでいたのを見ると、新しい本が入ったのでそれが気になったようだと解釈していました。

子どもの行動には必ず原因がありますが、原因を取り違えては解決には至りません。

そんな事が繰り返され、長男は次第に教室よりも図書室で過ごす事の方が多くなりました。

学校で過ごす事の意味

この時の担任の先生は発達障害に関しても勉強していて、構造化のカードなどを積極的に取り入れ、長男が意思表示できるように、色々と工夫してくださってもいました。

しかし、長男の行動の原因と結果の解釈が嚙み合わない事が多く、残念ながら長男は教室で過ごす事にストレスを感じるようになってしまいました。

病院の先生に、長男がほとんどの時間を図書室で過ごしていると伝えたところ、図書室へ行くという回避行動は、特性から心が大変になっている事への対処行動であり、それにより心のバランスを取っている状態ではないかとアドバイスを受けました。

また、この状態が続くと合理的な思考の特性から、学校に行くことが時間の無駄だと判断しかねないので、少人数の情緒学級で心のケアをすることを勧められました。

この時すでに10月下旬…。

情緒学級をお試しすることに

さらに病院の先生が、本人の意思を無視していきなり移動すると、学校を拒否することにも繋がるので、少しずつ体験させて本人が安心して学べると思ったら移るという方法が良いのではないかとアドバイスしてくださったので、それを担任の先生に伝えました。

病院からのアドバイスというのは、学校に対して大きな意味を持ちますし、当時の小学校の先生方にも本当に恵まれて、素早い対処をしていただきました。

約1ヶ月ほど体験をさせていただき、本人の意見を尊重し、12月の半ばに専門調査を受け、次年度は情緒学級に移ることが決まりました。

支援学級から通常学級へ

3年生の頃は全てに自信がなく非常にネガティブでしたが、4年生になり本格的に情緒学級に移ると、小さな事や些細な事もちゃんと見てくれ、長男が頑張っている事を的確に拾い上げてくれる環境になり、長男もみるみる自信を付けていきました。

上手くやりたいのにできない自分を責めて、自分はダメな人間なんだと、物にあたってしまったりする事も多かったのですが、そいう行動がどんどん減っていきました。

5年生になって出てきたリーダーシップ

前回の記事でも書きましたが、情緒学級では1年生から6年生まで他学年のと過ごすクラスです。

5年生になると持ち前の情報分析力や客観的に判断する力などが発揮され、リーダーシップを感じるようになりました。

意地になってしまっている1年生に、「本当にそれでいいの?」と声掛けしたり、運動会などの準備でも人が少ないところを手伝ったり、自己肯定感や自己効力感が育っているのがわかりました。

通常学級に戻るのか、いつ戻るのかを自分で決める

高学年になると将来の心配もあります。

特に療育手帳をもらえない情緒学級のお子さんは、高校受験をするのか、するためにはいずれ通常学級に戻るのかなどを考えなければなりません。

長男にも将来の話をして、進路を決めないといけない日が来ることを伝えました。

将来どういう大人になりたいのか、しばらくの間、長男に考えてもらう事にしました。

その結果、中学の入学のときに通常学級に戻ると決めました。
とはいえ、いきなり戻ることは難しいので、当時の担任の先生に相談し、5年生の3学期から徐々に交流学級で授業を受ける教科を増やし、6年生からは少しずつ交流学級で過ごす時間を増やしてもらう事になりました。

決めたといっても、絶対に中学入学で戻ると思っていたわけではなく、6年生で交流学級で過ごしている間に問題があったり、心が辛くなったらいつでも進路変更できる事も伝えていました。

通常学級に戻るときは慎重に

当時の先生とのやり取りをした連絡帳を見ると、非常に丁寧に進めていただいたなと思います。

中学校への進学に向けて、10月頃に病院で発達検査を行い、11月の教育委員会の専門面談を経て、正式に退級が決まるのですが、病院でのアドバイスをもとに、スモールステップで少しずつ交流学級で過ごす時間を増やしていき、長男の自身の準備もゆっくりと進めていきました。

理科、社会、音楽は交流学級で受けていましたが、10月頃からは国語や算数なども交流学級で授業を受け、最終的にはテストなども交流学級で問題なく受けられるようになりました。

そして、中学からは通常学級で頑張っています。

まとめ

特別支援学級の入級の時も退級の時も、申請書の提出だったり、専門面談であったり、手続きが必要になりますので、簡単にあっちこっちと移動できる訳ではありません。

子ども達の事を考えると、学校内で通級のような役割を果たせれば良いのにと少し思う事はありますが、支援員さんの人数を考えると少々厳しい事も分かります。

ですが、このように支援級で学んだことや育んだ自信や自己肯定感を実際に目の当たりのすると、もう少しフレキシブルに考えられる社会になっていくと良いなと感じています。

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